◆真昼の月◆

ヘルパーのお仕事、職人仕込みのレシピなどを綴ります。

視力障害者の方をガイドする時に、身体のどこへ触っていただくかというと、2人の身長差によってまちまちなんです。

我が家のご近所に住んでいるS木さんは、背の高い50歳代の男性なのですが、私と歩く時にはいつも私の右二の腕につかまりながら歩きます。
これがぱっと見、腕を組んでいるように見えるんですよ。
まあねー。結構密着していますしね、無理ないんですけど。


先日、商店街をS木さんと歩いていました。
この日は眼科の通院介助で、その帰りに買い物をして帰ってきたんです。
何気ない会話を楽しく交わしながら歩いていると、前方から何やら視線を感じます。
あれれ? あの自転車に乗ってこっちへ向かってくる人、知ってるぞ。
あ、なぁんだ。うちのマンションの管理人さんです。銀行へでも行くのでしょうか。

管理人さんも私に気が付いたようです。
こちらは仕事中ですから、挨拶もしませんし(他人との余計なお喋りはしません)、身体が揺れるのを防ぐために会釈もしません。
何もなかったようにそのまま歩いていたのですが、管理人さんの方はというと、ぎょっとした顔をし、口を噤むと何度か私に向かってうなずき、「うんうん、わかった」というように通り過ぎました。

え、あの、ちょっと!
もしかして、ものすごく誤解しましたか?

私が夫以外の男性と、親しげに笑いながら腕を組んで歩いていた。
手にはスーパーの買い物袋を下げて、自宅マンションと違う方向へ向かって歩いていた、ということは、相手の男性のお宅へこれから行くんだろう・・・って!?

確かに買い物をすませて、これからS木さんちまでお送りし、記録を作成する所でしたよ?
でもね、別に男女の関係だとか、そんなことは絶対ありませんからね!

あの「うんうん」は「黙ってますから」ってことだったんだろうなぁ。。。



帰宅してきた夫にその話をしたら、げらげら笑われました。
「うちの嫁さんはもてるんだなぁ」って、笑いごとですか?

管理人さんに、事実を伝えた方がいいのでしょうか。
と、思いつつ、まだそのままになっています。

Tくんの通院介助は、お母さんと一緒に行います。
お母さんが車を運転して病院まで行き、そこからが私の出番。
彼の体の湾曲に合わせた特別製の車椅子を組み立て、そこへ座ってもらう。
車椅子を押す私の後ろを、お母さんは着替えの荷物などを持ってついてくる。

GWの合間のこの日、病院はとても混んでいて、病院へ繋がっている道路がすでに渋滞するほどだった。余裕をもって家を出てきたのに、到着して駐車場へ入れたのが、予約時間の11時。
「混んでいるけど、もう薬がないから診察してもらわないとダメなのよ」と、ため息をつくお母さん。
そう。最近、薬だけ受け取ることができなくなりました。
必ず診察が必要なんですよね。

受付してみたら、診察してくださるのは、かかりつけの医師ではないというのです。
GWで代診、だそうで、Tくんのことを一度も診察したことのない先生で、「そんな先生に、Tの何がわかるのかしら」とお母さんは心配そうです。
待合室はとても混雑していたので、かなり離れた隅っこで順番を待ちました。
Tくんは難病で知的障害もあります。5歳まで生きられないだろうと診断されながら、20歳を超えた今も、自宅で穏やかな生活を送っています。
胃ろうの手術を受けているので、食事を摂ることも飲み物を飲むこともできません。

もしTくんがインフルエンザにかかったら。
彼はうがいをすることができません。
体重は28キロしかなく、抵抗力も免疫力も低いので、罹看と同時にたちまち重度となるでしょう。
命だって危なくなるに違いありません。
Tくんにとって、こんなにも混雑した病院に長時間いることは、とてもリスクが高いのです。

結局、2時間待ちました。
そんなに待ったのに、診察はたった2分です。
「特にお変わりありませんか? じゃ、いつもの薬を出しますから」
それでおしまい。

なんだかなぁ。
もう少し、なんとかならないのかなぁ。
すごくそう思った通院介助でした。
S子さんのお宅は、豪華な調度品にあふれている。
衣桁にかかっている着物は大島紬だし、ダイニングセットは見るからに外国製品だし、
ずらりと並んだタンスは鎌倉彫。
食器も豪華なブランドがそろっている。

けれども何より高価なのは、敷き詰められたペルシャ絨毯だ。

いったい1センチ織るのにどれだけの時間がかかるのだろうというほどの、厚みと打ち込み。
鮮やかな蒼い色。

初めて訪問したとき、思わずS子さんに聞いてしまった。
「この絨毯を踏んでもいいのでしょうか」

このくらいの厚みがないと、足が冷えて痛いのよ。
私にとっては必要不可欠な日用品だから、踏んでも構わないわ。

変形したつま先は、冷えるとひどく痛いのだそうだ。

こんな豪華なものを踏むなんて、そうあるこっちゃない。
私は踏みしめながら掃除機をかけた。



そのS子さんが亡くなった。
お風呂場で転倒して、死後4日ほど経ってから発見されたという。
いわゆる孤独死だ。

S子さんは未婚で、子どももいなかった。
おもな介護者と身元引受人は近所の仲良しさんの名前が上がっていた。

いつもなら入浴はヘルパーが介助するのに、なぜ一人で入ったのだろう。

主を失ったあの絨毯は、いったいどうなるのだろう。

そして私は、絨毯を見るたびに、S子さんを思い出すのだ。きっと。


ご冥福を祈ります。
11時になると、90歳のご主人が出てきて木戸を開ける。
シャッターではない、木戸というのがこの店にしっくり合う。

間口の狭い、小さな店舗が現れる。
入り口の左には、郷愁を誘うカラスのショーウィンドウがあり、何枚かのスカーフやハンカチが飾られている。
どこにも看板はない。
ただウィンドウの中身から、そこがスカーフ屋さんらしいと想像するだけだ。

85歳を過ぎているというおばあちゃまが店を守っている。

もういつ死ぬかわからないから、仕入れは全部現金なのよ。
現金だから安く仕入れて安く売れるの。
儲けなんか、いまさらどうでもいいのよ。
気持ちよく買ってもらえて、気持ちよく売れたら。
売り方もね、昔のままよ。
シルクは全部目方売り。
ブランドだとか、大きさだとかは関係なくて、一匁(もんめ)いくらって勘定して値段を決めるの。
だからね、絹製品は百貨店と同じものを置いていても、安いわよ。

おばあちゃまのお喋りは軽快で、退屈しない。
ついつい、もっと長く話したくなってしまう。

上野に行くたびに、小さなその店に寄る。
おばあちゃまとお喋りして、お元気なのを確認する。
なんだか自分も元気をもらう。

いつまでもご夫婦仲良くお元気で。

今日もまた、お店の木戸は開かれるだろう。

東京都台東区上野6丁目14 丸井近く
むらさき
なかよし






強風の中 結構な坂道を おばあちゃんが2人上って行く。

ゆっくりと 何か楽しそうにおしゃべりをして。

30年後の私に こんな親しい友人がいるだろうか。

長く付き合える 大切な友人が ご近所にいるだろうか。

そう思ったら とても羨ましくて とても寂しくなった。
今年の正月で、M井さんの寝たきり生活は15年目に入った。

毎日かいがいしくお世話をする奥さんは、体重39キロととても小さなご夫人だ。
「私も今年は80歳になっちゃうのよ」
と、とてもチャーミングに微笑む。
一方、右半身麻痺で寝たきりのご主人は、何でも美味しく食べる人で、一向に体重が減らない。
まるまると太っていて、おそらく体重は80キロを越えているだろう。

「私はね、100歳まで生きるんですよ」
ご主人がにこやかに言う。

ここまで寝たきりで15年。
100まで生きるとなると、あと15年寝たきり生活が続くことになる。

それは、介護する奥さんにはすごく負担ではないだろうか。

だが、奥さんは穏やかにこう言うのだ。

「毎日休まず介護していて、もしもこの人が
『死にたい、もう死にたい』
とくよくよするようなら、私は介護していても辛いと思うのよ。
死にたい人が仕方なく生きているなんて、悲しいじゃない?
お世話をする甲斐がないじゃない?」

「でも100まで生きると言ってくれるから、じゃ、今日もなるべく元気に生きましょうと思えるの。
1日の終わりに、
『今日も無事に生きられた。100歳に1日近付いたわね』
と話をするのは、とても幸せなのよ」

と。

小さな両手はあかぎれであちこち割れてしまっている。
その手を握って、「今日もよろしく、奥さん」と、ご主人が言う。
「この人が100まで生きるためには、私が95まで生きなくちゃならないのよ。それって大変よね?」

いいえ。
どうか長生きしてください。
賛美歌を歌いながら、くるくるとよく働く奥さんと、そんな姿をまぶしそうに見つめるご主人。
そんなお2人に、神様の祝福が豊かにありますように。

そんな風に思ってしまう。

今年も生きるためのお手伝い、させてください。

今日から訪問介護に出かけます。
日常生活に支障がない程度には回復しました。
まだちょっと重いものを右手だけで持つことに不安があるので、まずは予防支援の見守りなどから始め、様子を見ながら完全復帰を目指します(笑)

休んでいる間に、終末介護を受けていたHさんは亡くなられたそうです。
私たち元気な者にとっての1か月は、あっという間に過ぎてしまう短い期間ですが、高齢者の、まして余命宣告を受けている方にとっては長く苦しい日々なのですね。
役に立てなくて申しわけなかったです。
ご冥福を祈ります。

私の訪問を待っていてくださる高齢者のためにも、元気な笑顔で仕事に戻りたいと思います。

ご心配、お見舞い、ありがとうございました。